beautiful world

ぼくはまた君に恋するんだろう

「真夜中乙女戦争」感想〜私たちはすれ違ってさえいなかった〜

 

もしも誰もが目を引くような美人だったら、もしもありあまるほどのお金があったら、幸せになれるんだろうか。ただ幸せになりたい、大切な人を幸せにしてあげたい。それだけなのに。

そんないくつかのifと、それに伴う無数の選択肢のなかで迎えた「最悪のハッピーエンド」

 

この映画は小説『真夜中乙女』を題材にしたパラレルワールド

撮影までに何年も費やし、完成稿までに23回も書き直したという脚本。※1)

監督、原作者、キャスト、スタッフ、観客それぞれに異なる「真夜中乙女戦争」のイメージがあると思う。どんな考察も感想も正解だし、間違えている。そう思うと感想を書くのが楽になった気がする。

 

 

「乙女」な"私"

「みんなが立ち止まって、少しずつ世の中のことを考えたなら、世界はもっと優しくなったかもしれない」

誰しも学校の授業を退屈だと思ったことはあるだろう。他の時間に使いたい、そう思うこともある。それが、"私"にとっては"黒服"と「映画」を観ることだったのだろうか。「映画」なら動画サイトでも観れる時代に、あえて自作映画館で観る。劇場でシェイクスピアの演劇を楽しんでいた当時の観客のように。

「誰かと時間を共有する」ことこそが大事だったのだろう。その人恋しさは"常連"たちも同じ。

"黒服"に悩みを話したり、ダンスで心を開放したり、新歓コンパで2時間も壁に立ち、「不幸の根源」と蔑んていながら憧れていた世界にいるのようにも見える。

お洒落な服も、楽しい悪戯も、美味しい食事も、住む場所も、なんでも欲しいものを与えてくれる"黒服"。でも、本当に欲しいものは与えてもらえたんだろうか。

 

アナザーワールドでマスク生活の"私"と"先輩"がやり直しの聞く世界として示される。

 

本当にアナザーワールドなのはどちらの世界なのか。

 

そんな"私"を現実世界に繋ぎ止めてくれる唯一の存在が"先輩"。

 

 

「乙女」な"先輩"

「私たち大学生は、とにかく遊んで恥をかくことが一番大切なんだよ」

自分自身を破壊したい、という"私"に興味を持ち、"私"を弟のように気に掛ける。親友のために行動する。夢を持ち、"私"にも夢を聞く。いくつものサークルを掛け持ちし、就活でもそつなく受け答えし、初対面の"黒服"に対してもにこやかに受け流してアドバイスを受け入れる聡明さも柔軟さも持っている。

友達のために危険を犯すことも厭わずに行動する「男気」もある。

就職も決まって、このモラトリアム期間が終わりを告げるのが寂しく感じているのかも。

ホテルでの"先輩"は、いつものカッコ良い先輩ではなく、二十代前半の年相応な少女に見える。おそらくだけど、彼氏の前でも見せない表情なのではないかと思わせる。※2)

 

人生最後の日になるかもしれないのに、本命彼氏じゃなくて"私"が誘ってくれた「東京タワー」に行くのは、それは「答え」のひとつだと思う。"先輩"が"私"を救ったのと同時に、"先輩"も"私"に救われたんじゃないかな。 

 

 

「乙女」な"黒服"

「自分の頭で考えないやつ全てが俺たちの攻撃対象だ」

"私"の望むものを何でも与えてくれる"黒服"。きっと"私"と同じように人生に退屈していたんだろう。一目惚れというのも頷ける。服を買い与え、住む場所も提供してあげて。退屈な日常を壊してくれる存在を与えて。心の中で仲間が欲しいと願う"私"に"常連"を。

タダほど怖いものはないとは言うけど、ちゃんと見返りをもらっている。"私"でさえ忘れていたかもしれない「何もかもぶっ壊さないか」という発言を「真夜中乙女戦争」と名前をつけて実行して。大好きな"私"に真っ先に「自分自身」を壊してもらって。「復讐」は何に対する復讐だったのか。世の中全部に対する「復讐」なのか。"私"が"先輩"を選んだことに対する「復讐」なのか。流されて考えようとしない"常連"に対する「復讐」なのか。自分のコピーのようなつまらない"常連"の中で、唯一、自分の頭で考え、行動する人が"私"で、だからこそ、"黒服"は"私"のことを愛し、愛されたかったのかもしれない。

 

「絶望は光になる」

世の中に絶望して、死んだ魚の目みたいな表情をしていた冒頭の"私"。みんなが気にも留めないお金の価値について考えたりせず、社会に対して疑問も持たず、流されて生きていればもっと楽に生きられたかもしれない。でも、考えに考えたからこそ、"先輩"にも"黒服"にも会えた。"黒服"に自分から別れを告げること、"先輩"にカッコつけずに本音を言えるようになったこと。どちらも"私"の精一杯の恩返しだし、成長だと思う。

 

(余談)

個人的には、東京の夜景を見ながら「東京に星を取り戻す」と言う"黒服"に心から悲しくなっていた。夜景のひとつひとつは、そこで仕事をしていたり、生活をしているひとの灯りだから。それこそが星のような輝きなんだよと思う。

 

 

※1)脚本の第4稿、第9稿のそれぞれ一部がパンフレットに掲載されているが、完成稿と全然違う。どれもパラレルワールドのひとつ。

※2)"先輩"と"私"が話している様子がホテルのテレビ画面に映し出されて、ベッドに寝転ぶ二人の姿があるけど、あれだけが現実で"私"が想いを遂げたとしたら、会話の内容がまるで違って聞こえるので、パラレルワールドとしても楽しめる。

 

タイトルの「私たちはすれ違ってさえいなかった」は主題歌「Happy than Ever」Fさん意訳Ver.よりいただきました。

https://www.universal-music.co.jp/billie-eilish/happier_than_ever/